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生きる目的って、なに?

生きる目的って、
なに?

生きる目的
って、
なに?

いつの時代にも、人はそう問いかけてきました。
聖書は、この問いに対する明確な答えを提供します。

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生きるとは、
親しい関係を
持つこと

生きるとは、
親しい関係を
持つこと

生きるとは、
親しい関係を
持つこと

創世記からヨハネの黙示録まで、聖書は関係についてのメッセージを伝えています。このメッセージこそが、福音(喜びのおとずれを伝える「良い知らせ」)と呼ばれるものです。
このメッセージを理解し、神の与える永遠のいのちを受け入れるとき、人は生きる目的を見つけるだけでなく、いのちが何かを知るのです。
「イエスは彼に言われた。
『わたしが道であり、真理であり、
いのちなのです。』」
― ヨハネ14章6節

1
関係

私たちは、神と親しい関係を持つために造られた。

創世記2~3章は、アダムが神のかたちに創造され、神と親しく交わる能力を与えられたと語っています。また、そこには神とアダムの会話、協力、パートナーシップ、関係・交わりが記録されています。

神が関係・交わりを求めたのは、アダムに対してだけではありません。神は、イスラエルと次のような契約関係を結ばれました。「わたしはあなたがたの間を歩み、あなたがたの神となり、あなたがたはわたしの民となる」(レビ26章12節)。イエスも、弟子たちにご自分に留まるように教え(ヨハネ15章1-10)、イエスを愛す人にご自身を現わすと約束しました(ヨハネ14章21節)。また、イエスに従う人を友と呼び(ヨハネ15章15節)、そうして親しい関係・交わりが重要であることを強調されました。このような聖書箇所の一つひとつが、関係・交わりに対する神の御心を告げているのです。

2
罪は切り離す

私たちの罪が、私たちを神から切り離し、神との関係を壊した。

「すべての人は罪を犯して、神の栄誉を受けることができず・・・」(ローマ3章23節)。罪とは、神の律法を破ることです。そして、罪の報いは死です。「すべての人は罪を犯して、神の栄誉を受けることができず・・・」(ローマ3章23節)。ローマ人への手紙6章23節は、神の律法に違反した罰について「罪の報酬は死です」と告げています。報酬とは、労働や行為に対する稼ぎ・報いのことです。聖書によると、私たち全員が「死」を稼いだのです。

聖書が死を語るとき、それは主に「神から切り離されること」を意味します。身体(からだ)が死ぬと、私たちの霊は身体から切り離されます。それと同じように、私たちは罪のせいで霊的に死んで、私たちの霊は神の霊から切り離されたのです。「むしろ、あなたがたの咎(とが)[罪]が、あなたがたと、あなたがたの神との仕切りとなり・・・」(イザヤ59章2節)。

3
無力

私たちには、神との関係を自力で修復(和解)することができない。

多くの人は(良い行いをすれば、神との正しい関係が持てる)と思っています。あいにく、神と関係・交わりを持つために「どんな良さがどのくらい必要なのか」を教える、決定的な採点法や明確な目印は存在しません。聖書は「普段の行いがほぼ良ければ、神に受け入れられる」とか「善行を三つやれば、悪行が一つ帳消しになる」とか、語っていないのです。善の明確な基準がないのに、どれほど良ければ「十分良い」と言えるのでしょう?

聖書が指摘する私たちの問題は、善の不十分さではなく、罪の影響・結果です。罪は、私たちに死と惑わしをもたらします。それゆえ、神との関係を修復(和解)することは、私たちには絶対にできないのです。キリスト無しには、私たちは自分の背(そむ)きと罪の中に死んでいる者だと、エペソ人への手紙2章1節は教えています。それに神の介入がなければ、この世の神によって真理に対して盲目にされたままだと、コリント人への手紙第二4章3-4節が言っています。死んでいる人は何もできないし、惑わされている人は信じません。したがって、神との和解のために私たちができることは、何も無いのです

4
和解

イエスは、私たちの罪の代価を払うために十字架で死んだ。

罪の報酬は死です。イエスは、私たちの罪の代価を支払うために、十字架の上で死にました。そのイエスの犠牲によって、神との和解が可能になったのです。「敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させていただいたのなら、和解させていただいた私たちが、御子のいのちによって救われるのは、なおいっそう確かなことです」(ローマ5章10節)。

5
復活

イエスは、私たちが生きるために死者の中からよみがえった。

罪の代価を支払ったのはイエスの死ですが、永遠のいのちの希望をもたらすのはイエスの復活です。「私たちの主イエス・キリストの父である神がほめたたえられますように。神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせ、生ける望みを持たせてくださいました」(第一ペテロ1章3節)。

イエスの死は、私たちの罪の負債を支払ってくれました。イエスの復活は、神との親しい関係・交わりを現実にしてくれます。

6
永遠のいのち

イエスは、イエス・キリストを信じて罪を悔い改める者に、永遠のいのち(神との和解・関係)を与えてくれる。

イエスはよく、永遠のいのちについて語られました(ヨハネ3章15~16節、4章14節、5章39節、6章40節)。多くの人は(永遠のいのちとは、死んだ後に天国に行くことだ)と思い込んでいますが、イエスの教えはそうではありません。イエスは、ヨハネの福音書17章3節で「永遠のいのちとは、唯一のまことの神であるあなたと、あなたが遣わされたイエス・キリストとを知ることです」と言われました。永遠のいのちとは、神を知ること、神との和解(親しい関係)を体験することなのです。

聖書によると、イエスが自分のためにしてくれた事を信じて罪から離れる人に、永遠のいのちは与えられます。罪から離れることを、聖書では悔い改めと表現しています。これは「罪の無い人間になる」という意味ではありません。「罪の行いよりも神の方を求めるようになる」という意味です。

 

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永遠のいのちを得るには、
どうすればいいの?

イエス・キリストがしてくださった事を信じることで、人は永遠のいのちを受けるのです。イエスは、あなたのために何をしてくださいましたか?あなたの罪のために十字架で死に、あなたがいのちを得て生きるために、死者の中から
よみがえってくださいました。だれでもキリストを信じて罪を悔い改める人に、永遠のいのちは与えられるのです。
「御子を信じる者は永遠のいのちを持っている」 – ヨハネの福音書3章36節

和解の関係は、
シンプルな祈りから始まる

イエスにつき従う歩みは、終わりのない旅路です。
しかし、その歩みはシンプルな祈りから始まります。
次の祈りを手本にして祈ってください。
「神様、私は罪を犯しました。私の罪が、私をあなたから切り離したのだと分かりました。私の罪のために、イエス様が十字架で死んでくださったこと、そして三日目によみがえられたことを信じます。私は、イエス様が私のためにしてくださったことを信じ、イエス様に信頼します。私は、自分のできる限りを尽くし、罪から離れます。これらすべてを、イエスの御名によって祈ります。アーメン。」
今日、あなたがキリストを信じたならば、その信仰の決断をあなたの周りの人々に伝えてください。

信じます。次に、
何をすればいい?

あなたは神との関係に入り、神を追い求める人生のスタートを切りました。救いに関してさらに質問がある人や『これが福音です』を個人指導やスモールグループで教えたい人は、『召命』から始めてください。イエスに従う生き方について個人的に学びたい人は、『関係』から始めて、次に『追求』そして『旅路』へと進んでく
ださい。

大きなインパクト

私たちは「福音のもたらす変化を世界中に届けること」をミッションに掲げ、2012年以降、その使命に取り組んできました。
これらの数字は、『これが福音です』を活用した個人や団体から得たデータを基にしています。
0 言語
世界人口の61%の人々(49億人)が、翻訳された『これが福音です』を活用できます。
0
弟子訓練のトレーニングを受けた牧師や指導者
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信仰告白をした人
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洗礼を受けた人
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新しく開拓された教会
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